フィットネスクラブに入会した目的は「サッカーで走り負けしない体力を付ける」の一点でした。

明確なものです。

初めてのボディコンバットレッスンを受けた後も、ランニング、水泳、筋トレ等、適当に織り交ぜながら自分なりにフィットネスライフを楽しんでいました。

さて、僕はジムでどんなことをしたかの記録をつけています。

その中でひとつの指標として、「ボディコンバット参加率」という指標があります。

計算式は

「一ヶ月間にボディコンバット30、45、60の参加したレッスン回数」÷「一ヶ月のフィットネスクラブに通った日数」

です。やばいですか?マニア過ぎますか??

つまり、この指標が100%を超えるということは、ボディコンバットレッスンを最低1日1回は受講しているという計算になります。

毎回出られなくても、1日にボディコンバットレッスンに2回も3回も出れば、軽く100%を超えることになります。

2章では、この指標が100%を突破する直前(2003年12月)までのお話になります。

入会後、継続して100%を越えるようになるまで丸1年を費やしております。

時期的にはボディコンバット13~ボディコンバット17の時期に重なります。

一番、このプログラムにはまっていた時でもあります。

この頃の思い出として印象的なのはボディコンバット13-1との出会いです。

バックストリートボーイズの曲なのですが、初めてこのコリオをやったときに「なんて曲と合っているんだろう」と感動しました。

カタが曲と合っているというのもありましたし、初めてこの曲を聴いて、このコンバットを行った、ある晴れた休日の午前のさわやかなシチュエーションが、自分の感性に大きなインパクトを与えるのに十分な条件を満たしていたのでしょう。

今でもすっかり大好きな曲にノミネートされています。

さて、この頃は非常に研究熱心でした。

ジャブはどう打つのだとか、サイドキックはつま先を下にしなければならないとか、周りでいろいろ話を聞いたり、イントラさんに直接教えてもらったりしながらレッスンを重ねていきました。

ちょうどこの頃、インターネットで「きみかの大好き~!BODYCOMBAT」を発見した頃でもあります。

新曲をボディコンバット14で初めて経験しました。

新曲発表会という、新しいシリーズがリリースされたときにお披露目会をするのですが、最初は何のことか分かりませんでした。

単にボディコンバットのレッスンがあったので、入っただけでした。

やる曲やる曲全てが未知の曲だったので、毎回非常に新鮮でした。

この頃、オプションというものが存在するということを知りました。

オプションとは、正規の定められたコリオ(何度も出てくるこの言葉、正式名称はコリオグラフィーといい、英語表記で「choreography」と書きます。もともとダンスやバレエなどの振り付けのことで、ボディコンバットのようなエアロビの動きでは、レッスン全体の動きのことを言います。)以外に、少し余力や手持ち無沙汰な時間があるときに行う追加の動きです。

最近では望ましくないという流れのようですが、これを楽しみにしているファンが多いのも事実です。

この時期の中で一番印象に残っているのはボディコンバット16です。

自分のホームとしていた施設のボディコンバットのインストラクターが2人、転勤と退職で抜けてしまったのです。

僕にボディコンバットの面白さを教えて下さったイントラさんもいなくなり、たまに他店へも出向くようになりました。

これが初めての(小)遠征経験です。

一人で黙々と友達を作ることもなくやっていましたね。

ストイックに打ち込めるのがこのプログラムのいいところです。

もちろん、エアロビやステップ系、ダンス系などと同じようにみんなでわいわいもできるのですが、なんとなく一人で打ち込んだほうが周りも気にならなくていいやって思っていました。

さて、そんな分岐点のシリーズであったボディコンバット16ですが、そういうイメージとぴったり合うかのごとく、全般的に暗い印象の曲が多いです。

新曲期と、じめじめした梅雨の時期が重なっていました。

今も梅雨なので、ちょうど16シリーズからは丸3年経って今は28シリーズ真っ盛りですね。

特に16シリーズの中で印象に残っているのは、まだご紹介できていないのですが、8曲目です。

梅雨のイメージからか、「ビトビトビトトン、ビトトン・ビトトン」で始まる曲です(分からない方、すいません)。

最初は右左右左アッパーに、右ダブルジャブ、左ダブルジャブです。

さっきの擬声語に合わせています(笑)。

ここまで書いて2章の標題の話になるのですが、すでにサッカーのために入会したフィットネスクラブが、それに通うこと自体が目的になっていました。

完全に手段と目的が入れ替わりました。

黙々と基礎体力を付けるために自分に厳しいトレーニングメニューを課そうと思っていたフィットネスライフから、楽しみながら知らないうちに体力が付いているという、気楽なライフワークと化したのです。

そのため、月日を重ねるごとにボディコンバットレッスンの参加が多くなり、翌年の2004年が始まった頃からは、ジムに行けば必ずボディコンバットのクラスに出るというほどになりました。

前述の「ボディコンバット参加率」が100%を超える状態ですね。

入会後一年間は、さらっと書くとこんな状態でした。3章へ